■ ネオ・スピリチュアリズムの系譜

スピリチュアリズムは日本で進化した (1)

 

スピリチュアリズムの系譜

 

浅野 和三郎
「日本神霊主義」へ発展


 浅野和三郎は西欧の近代心霊研究とスピリチュアリズムを日本に植え付けた「日本の近代心霊研究の父」です。1848年の近代心霊研究の発生から1920年~30年代のスピリチュアリズム運動に至るまでの欧米の成果をそっくり日本に移植しただけでなく、日本古来の思想(古神道)と西欧のスピリチュアリズムが、根源において一致していることをつきとめて、「日本神霊主義」ととらえ直し、スピリチュアリズムを一歩前進させました。1) それは鎮魂帰神法によって一万人以上の体験と資料を得ている守護霊研究や、自然霊研究に裏付けられたものでした。

 浅野の偉業は大正12年(1923年)に「心霊科学研究会」を創立し、昭和12年(1937年)に他界するまでの僅か15年間に成し遂げられています。それは正に「和魂洋才」が発揮された、もっとも優れた近代日本の知識人の仕事であり、あり得べき日本の近代化の礎でした。


 「浅野は人の背後には守護霊(祖先霊の一人)があり、その上に守護神(龍神)があり、その源に創造神ありとした。また自然界の背後にも守護の龍神あり、その源は創造神。こうして人は守護霊を通じて、祖の龍神(神々)と、自然界の龍神(神々)とも、更にその深奥の創造神とつながる守られた存在。また万有も然り。こうして日本古来の「生命一元論」と西欧スピリチュアリズムとが融合した」2)

 

 

 

 

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