■ ネオ・スピリチュアリズムとは?

媒体論


  愛と奉仕が人間の生き方であることの合理的な説明と、人格の向上(霊性進化)の狂いのない方向と方法を示すものです。これは既成の宗教や道徳倫理に代わる現代の人間にふさわしいものであるだけでなく、心理学、教育学、医学に新局面を開くものと考えられます。



人間は三重構造体(霊・媒体・肉体)

人体構成図と他界の構成 (桑原啓善 作成)
 人間とは霊(生命と意識の本源)と媒体(見えない体、霊に近い方から本体・霊体・幽体の三段階の波動体)と肉体の三重構造体である。媒体は霊を肉体に結びつける為に存在し、又それぞれの役割りがある。本体は神のような愛と英知と意志、霊体は理性(真善美、正義、良心、反省心など)、幽体は感情(特に悪感情)をもつと働くところの媒体である。媒体があるから、自己と他者(霊)は波長の法で、絶えず波動で交流し、自己の人生を織りなすのである。



・幽体はコンピュータ

幽体は、想念波動の受信・発信・増幅・記録・演算をする狂いのない、休みなく働くコンピュータである。人は神のはずなのに現実には凡夫であるのは、この幽体の働きのためである。人間が絶えず日常生活の言行想で発信する悪い想念がすべて記録されて、幽体を濁らせるからである。幽体が濁ると、本質の霊の光(神)が歪められ、人は凡夫(欠陥のある心身)となる。



・人間の人格(小我)の在所は幽体

幽体は人間の潜在意識の在所である。つまり本心であり人格の在所である。だから幽体のきれいな人=聖者は日常生活の言行想の美しい人。つまり自己の日常生活の言行想が愛=美しいか、いじ悪=汚いかによって自分の人格は決まる。



・幽体浄化が全人間的進化と地球パラダイス化の決め手

幽体が汚れているとエーテル体を媒介としつつそれが肉体に表現されると病気となる。また汚れた幽体には波長の法で邪霊が感応しコントロールして増幅し犯罪や事故となる。人類の多数の幽体が汚れていれば、戦争をひき起こすことになる。



・幽体浄化は日常生活の言行想でする

幽体は記録コンピュータだから、日常生活の言行想を愛と奉仕にすれば、幽体浄化できる。自分が日常生活でうまずたゆまずやること。これ以外の方法はない。



・本当の愛と奉仕で幽体浄化は大きく進む

そしてもし本当の愛をおこなうならば、それは本体に記録され不変。本体の光は幽体のように変動しないから、この本体の光によって霊体は拡大し(オーラが光り)幽体は浄化され、肉体は健康となる。だから本当の愛(無私無償の愛)が幽体浄化の決め手。

 



媒体論の重要性・・・媒体論を欠くことによる近年顕著な弊害

 

  多くの心霊研究家や、神秘主義、目に見えないものを扱う人達は、この媒体の働きを知らず、多くの危険を冒し、また迷路に入り込んでいます。霊能者(霊媒)の言葉 をそのまま鵜呑みにする傾向も、スピリチュアリストにして、いまだ存在します。


  霊媒は、各媒体をつなぐ憑依防止網の目が粗い人であることがほとんどで、体調や潜在意識等にも左右されるものです。どの霊とつながっているのかを見極める審神者(さにわ)は不可欠です。また繋がった先が確認できるとしても、霊媒による日常のこまごまとした指導を受けているうちは、他力本願から抜け出せず、本当の人間性の向上は起こりません。


   また、物理的な現象( 物品引き寄せ、空中浮遊等 )をおこせるのは、物質界に近い、エーテル界にいる低級自然霊等の働きであり、物品をだしたからといって、霊媒教祖その人を聖者として崇拝する事は、正しい霊的な知識、内面機構(どのようにそれが行われるか)からいえば間違いです。


   さらに近年特に、波長の法則と霊の働きを知らないために、あやまった自己本位の動機からの瞑想や、ヨガをやり、低級霊や邪霊を引き寄せ、知らずしらず取り憑かれているケースが多くあります(写真に撮られています)。精神異常をもたらし、ひいては人生を台無しにしてしまう危険もあることを知って下さい。瞑想は、人の人格の向上、魂の目覚めのために、とても必要でかつ、有意義なものです。しかし、人生をかけても間違いないと思える霊的な指導者のもとでなければ、やるべきではありません。また何よりも日常の愛と奉仕の生活実践による幽体浄化なくして瞑想をしてはぜったいにいけないのです。正しい瞑想法等については、まずは書籍を参照して下さい。1)

 

 

 

HOME / ページトップ